闇の日々 | 絵 | Kota Oneness Artist

闇の日々

いつもどこかで雨が降る街

カナダのバンクーバー。

 

その一角に

異様な雰囲氣を出しているスラム通りがある。

 

ネズミが走り回り、ゴミが散らばる道で

大勢のヘロイン中毒者達が注射針を

握ったままボロ布のように寝転がっている。

 

氷点下を遥かに超えて全てを凍らせてしまう

カナダの冬では路上生活はとても出来ない。

 

しかしこのバンクーバーと言う都市は冬に

なっても0度前後である為、カナダ中の

ホームレス達が行き場を求めて流れ着く。

 

一度ヘロインを体内に打ち込めば、

数時間は現実の不安も孤独も全てを忘れる。

 

意識は飛んでいき、

直ぐに人が人でなくなる。

まるで人の形をした物体とも言える。

 

そんな物体達が両端の歩道一帯に

敷き詰まって並んでいるその光景は

この世ではない、

どこか違う世界にいる感覚に陥る

 

そんな道では毎晩、

薬物過剰摂取で誰かが死んでいく。

 

救急車のサイレンが走り回る音がその合図だ。

ゴミ箱を漁って食べる物や資金になる物を探す。

雨風を凌げて眠れるシェルターとなる場所を探す。

 

生きのびる為の生活に追われ、

そして注射をまた打ちたいという欲求に追われ、

自分自身を探すことはままならない。

 

対照的にいくつか通りを跨いだ所を見上げれば

高級マンションが高々と立ち並び

キラキラとした明かりを放っている。

 

彼らの多くはネイティブアメリカンと呼ばれる

原住民の人達だった。

 

彼らがこうなる背景には

それ相応の背景がある。

 

 

 

その昔、

ヨーロッパ人の移入で原住民の人達は

人口の90パーセント以上を亡くした。

 

直接的に殺されたことも多々あったが、

多くは新しい地域からもたらされた新しい

ウィルスに適応できず病死とのことだ。

 

そして大陸は移民であるヨーロッパ人が

中心として動かしていくことになった。

 

元々あった伝統的な暮らしを制限され、

資本主義やビジネスに適応できなかった。

 

ならばと、

 

政府はある時、彼らの子供世代を一斉に

かき集めて数年間の間、親元から引き離して

ある場所でヨーロッパ社会として生きる為の

教育を施す政策を実施した。

 

スポンジのように全てを吸収する

小さい原住民の子供達は欧米社会で

生きていける知識と習慣を得たが

 

同時に

環境の激しい変化やストレスやで

精神疾患になった。

 

その後、村に帰された子供達は

実の親達と共存ができなくなった。

 

結果、

 

精神疾患を抱えたまま

多くは資本主義やビジネスに適応できず

また元の文化にも戻れず心が孤立した

 

そんな彼ら及び、彼らの子孫達は、

国から生活保護を一生涯貰い続ける

決まりになった。

 

その為に、わざわざ働く者は少なくなり

多くはドラッグかアルコールに溺れる。

 

そんな彼らの子供達は、

また同じように育ち生きていく。

 

その中の一部はここバンクーバーに

流れ着く。

 

いつものように外はシトシトと冷たい雨の日。

 

州が無料で開放しているシェルターの中で

大柄な中年のホームレスの男が赤い顔をして

荒ぶりながら独り言を吐き出していた。

 

「ああ!誰が好きでこんなクソったれな

状況になりたいのか!!?」

 

「俺の家族はいつもバラバラだった。」

「父も母も誰も俺を愛してはくれなかった!」

 

「もう全てが嫌で学校も行かないで

充てもなくとにかく家を飛び出した。。」

 

「それから何十年もこんなにも辛くて寒い日々だ。」

 

 

 

ドン、トン、ドン、トン、

 

 

 

その時、ネイティブアメリカンの聖なる歌を

歌う人達が小さな太鼓を叩きながら

そっとやってきた。

 

優しい独特な音色が周囲を取り巻くと

さっきまで荒ぶっていた大柄の男は

閉口し静かになった。

 

まるで暗闇に照らされたランタンのように

その歌の周りだけは暖かい柔らかい光に

包まれているようである。

 

大柄の男は詰まっていた何かが取れたように

赤子が泣きじゃくるように

急に大粒の涙を勢い良く落とし始めた。

 

物事にはいつだって因果があるように、

人にはそれぞれに事情というものがある。

 

正しい愛と教育が満ちた

家庭が無ければ人は難儀な道を歩んでいく。

とても繊細でいて残酷な生き物だ。

 

この街に落ちては流れる雨と涙は

何かを洗い流しているかのようで

冷たいようで温かくもある。

 

一体何処に流れ着こうと言うのか。

雨も涙も人間も。