ArtArt StoryPhoto StoryPhotographyStory

アラスカンライター

アラスカンライター

目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。

そして心にあるライターの火を優しく灯す。

火を灯している間は、アラスカの思い出が鮮やかに映し出される。

 

大地はどこまでも広く、遠く、美しい。

360度、地平線まで自然の物だけがただそこにある。

深呼吸をすれば冷たい風が鼻の中を少し凍らせるけど、同時に爽やかな木の香りを届けてくれる。

蒸氣機関車のように白い息をボオボオと出しながら、ズッシリゆっくりと歩く巨大なヘラジカ。

極寒の中、雪原をバタバタと大勢で走り回るカリブーの群れ。

誰にも見られまいと素早くヒョコヒョコと孤独に道路を横切る狐。

ある時にある者は食べられ、そして食べた者の生きる糧となる。

生き物と自然の調和は限りなくシンプルで完璧に見える。

 

 

空はパキッと澄んでいて、鮮やかで、美しい。

朝の空は青が凄く青くて太陽光が世界をジリジリと照らしてくれる。

夕方の空は青、紫、赤、桃、オレンジ、黄の水彩絵の具を垂らしたような色彩に染まる。

夜の空は無数に見える星々をバックにオーロラが大きくうねり、氣が済むまで踊り明かす。

 

 

人々は驚くほど逞しく、温かくて、美しい。

極寒の森の中で自らの手で家から何まで全てを1から創る。

切り倒した古い木は暖を取るための火に変える。

ソーラーパネルで電氣を作り、水は近くの綺麗で新鮮な泉から必要な分だけ汲んで使う。

狩りで仕留めた動物には心から敬い感謝し、肉体は余すことなく食べ、骨と内臓は他に利用する。

アラスカの自然の厳しさと冷たさを誰よりも知っているせいか

人々の目と心は慈愛に満ちていて凄く温かい。

 

 

ある日森に住む一人の男が空を見上げ、立派な口髭の中から白い息を吐きながら言った。

「今の世の中は物と情報が溢れかえり可笑しくなっている。人と人が目の前で会っている時でさえお互いにスマートホンの画面を見ている。都会では隣人同士お互いのことはあまり知らなかったりする。スーパーで値札付きの綺麗に並んだ肉片や野菜を買うことで他の生き物との繋がり、他の生き物に生かされていることを忘れてしまっている。」

少し呼吸を置いて僕の目を見て続けた。

「真実を言ってしまえば人々は地球との大切な繋がりを忘れてしまっている。この繋がりを思い出し大切にすることは心もこの世界もずっと裕福にしてくれる。本当の意味での裕福とはお金で測るのでなく、心なんだ。大切なことはいつもそう自然が教えてくれる。だから木々に囲まれて生きることが俺の一番の幸せなんだ。」

 

そっと心の中のライターの火を消した。

ゆっくり目を開けて、ゆっくり深呼吸する。

火を消した後でもあの凍れる風、木が燃える音と香り、命の味、人の暖かさ、そして多くの言葉達が煙となってフワフワと僕の中を漂い続けている。