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カリブ海の夕陽

カリブ海の夕陽

日中はあれ程に強烈だった太陽もようやく遠のいて、夕刻が静かに迫る頃には町を離れて海岸を歩いていた。日差しが弱くなるにつれ外に出てくる人々も増える。鮮やかで綺麗なグラデーションの夕焼け空がカリブ海に映る。ゆっくりと深呼吸した。何をする訳でもなく、ただボーっとその景色を見つめた。

 

この海の向こう。あの水平線のずっと向こうに僕の生まれ育った国と家がある。家族や大切な人々達も暮らしている。ここは夕方で、あっちはそろそろ朝になるのだろうか。随分と遠い所まで来ているのに頭の中では故郷が広がっていると思うと不思議な感覚を覚える。

 

こんな遠い場所で僕は一人何をしているのだろう。僕は今どこにいるのだろう。どこに向かっているのだろう。今日、僕は何かを見つけられただろうか。

 

一人でいる時間が長いからか、旅をしている間は自身と対話をする時間が増える。

 

キューバ人達もボーっとしている時には自分自身と会話をしているのだろうか。かつて西洋人にこの島に無理やり連れてこられる前に暮らしていた踏み入れたこともない故郷アフリカに思いを馳せていたりするのだろうか?どんな世界が彼らの頭の中に広がっているのだろうか。

 

 

キューバの人々は妙に陽気で人懐っこくてタフに感じる。それは常に変化の波にもまれているからかもしれない。

 

時を遡ると彼らの多くは元々はアフリカなど各地で暮らしていた。だがある時、西洋人に支配されこの島まで強制的に連れてこられた。そして長い間、奴隷として過酷な労働と環境を強いられた。

 

やがてこの小さな島は国に成長したけど、革命が起きたり、あの大国アメリカとも戦うようになった。しかも負けなかった。その時の英雄達の顔はこの国内でいまだによく見かける。

 

そうやってどんな時も次々と押し寄せる大きな変化の波に飲まれて、もまれて、溺れかけて、それでも必死にもがいたり、上手く波に乗ってきた。

 

今、押し寄せてきている変化の波もまた大きい。

かつての宿敵アメリカと外交をするようになったのだ。ラテン音楽に混じって聴こえ始めた数々の英語の曲。古臭い八百屋の横には真新しい西洋風の綺麗なお店。資本主義の波紋が少しずつ広がっていく。この国で走り続けている多くの古いクラシックカー達もいずれ新しいモデルの車に変わっていくかもしれない。

 

国も人も変化していくことで生きていける。

 

もう僕の見たキューバは無くなっていくのだろう。いやもっと大きく考えるならキューバだけじゃない、これまで見てきたもの、住んでいた場所も変わっていく。親しんできた人間関係も変わっていく。僕自身も変わっていく。

 

慣れ親しんだものが今後はもう無くなるという事実は、例え良い方向への変化だとしてもどうしたってそこに大なり小なりの哀愁を覚えてしまう。そして新しいものに慣れてきた所でまた変わっていく。。

 

生きている間は変化し続けていく。こうしているこの「今」も変化をし続けている。今のこの景色も、友人も、匂いも、味も、音も、変わっていく。みんな、今この瞬間に存在しいてるだけだ。そう思うと「今」はなんては尊いのだろうか。そして変化していくことで生きていけるのだから、変化していくことも尊いことなのだろう。

 

そろそろ日が落ちて夜になる。今日の夜ご飯は何か美味しい物が食べたい。

 

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