フェリーを待つ間 | 旅の手記 | Kota Oneness Artist

フェリーを待つ間

パラパラと大粒の雨が

広葉樹の葉に当たる音が鳴り響く。

 

濡れた生きた森の香りがいっぱいに漂う。

何度も深呼吸をして

肺に新鮮な空氣を感じながらこの場所を

忘れないようにと脳に焼き付けようとした。

 

僕はただそこにいるだけで

喜びと心地良さを感じていた。

 

ある夏、

僕は1、2ヶ月の間カナダのとある離島で

何個かの農場で住み込みで働いていた。

その日は最後に滞在した農場を出る日であり、

同時にこの島を出る日であった。

 

お世話になった

農場の老夫妻のジョンとジャニス、

近所の方々にも挨拶をして様々な感情を

抱えながらフェリー乗り場まで向かった。

 

フェリー乗り場までは

おばあさんのジャニスが車で送ってくれた。

 

フェリー乗り場に近づくと

いくつもの車が長く連なって渋滞していた。

1日にフェリーの数は限られている

この島ではよく見る光景だという。

 

その証拠に窓を開けて顔を外に出して

前後を見ると島の住人達は車から出て

路肩でストレッチをしていたり、

歩き回っていたりした。

 

「あと1時間くらいは掛かるかな」

 

と明るくジャニスが言った。

 

僕は

「え、1時間?」

と思わず聞き返してしまったが

その事実は変わらなかった。

 

車のエンジンを止めて

少し静かになった車内で

僕達は自然にゆっくりと会話を始めたり、

やめたりを繰り返した。

 

その時した会話が今でも尾を引いて

僕の人生に語り掛けている。

 

 

僕はジャニスの質問に答えていた。

 

「僕の兄弟のこと?

そういえば話したことなかったね。

えっとね、2人兄がいて妹が1人居るんだ。

兄の1人は経営者で、

もう1人は獣医をしている。

妹は看護師をしているよ。

そして僕は東京で会社勤めをしていたんだけど

辞めてしまって、、

その後は君の農場で働いていたね。」

 

ジャニスはそうねと言いながらながら

明るく笑っていた。

 

僕は続けて冗談混じりに言った、

「兄弟と妹は学校では勉強がすごい出来たんだ。

いつもトップスコアだったなぁ。

なんでも出来たんだよ。。

ただ僕は違ったけどね!」

 

こう言うと今までは大体の人が笑ってくれたので

当時の僕にとって鉄板ネタのようなものだった。

 

しかし、

それまでは明るく返事をしていたジャニスは、

急に笑うのをやめてこう言った。

 

「まるで、あなたは自分が頭が良くないように

言うけども、それはとても危険なことよ。

学校の勉強が出来るからなんだって言うの?

学校では与えられた物を素早く正確に

覚えられることを求められるけど、

本当の頭の良さと言うのは

そう言うことじゃないわよ。

 

自分の頭で物事を考えられて行動できる

ことの方がずっと大事だと思うの。」

 

 

思ってもみなかった返答に面をくらう僕に

ジャニスは続けてゆっくりとジャニスの

半生を語り始めてくれた。

 

「私は元々カーレーサーをしていたの。。

意外でしょ?でも何年かして辞めて馬に乗る仕事

についたの。何かに乗るのが好きなのかしらね。

そしてまた何年後かには教会のコーラス隊の

メンバーをしたり、歌の先生をしてみたり、

 

ジョンにも出会って子供も出来たけど。。

今度は私、、

自分の家を自分で作ってみたくなったの!

 

だから子供がいながら大学に通い直して

建築デザインを学んだ。

そのあといよいよ家を建てようと

この島にやって来て、土地を買って、

夫のジョンと大工の友達と私の3人で

まず木を切り倒して、

その木を主な材料にして建設に取り掛かったの。

 

本当に朝から晩まで休みなく働いて1年間で

1つの家が完成した。

建設してた時は家が無いから毎日キャンプ

みたいに家族でテントで暮らしていたの。

 

子供達はテントから小学校に登下校していたわ。

その時は大変だったけど

本当に人生で一番楽しい時間だった。」

 

僕はジャニスの見た目からは想像だにしない

彼女の過去の物語をその時に初めて知った。

まるで小説の主人公のような自由な半生に

驚きながらも感動をしていた。

 

「それでその後はどうなったの?」

と僕は子供のように訊いた。

 

ジャニスは話を続けた。

 

「その後はもっと大きい家を作ってそこを

ホステルにしたわ。収入を得ながら同時に広い

土地を農場にして野菜を育てて

自給自足的な暮らしも作って、、

この素晴らしい生活を少しでも他の人達にも

シェアしたくて農業体験をしたい人達が

いれば迎え入れて一緒に過ごすと

いう活動をして来たの。

まさにあなたも迎え入れたその内の一人ね。」

 

 

僕はこんなに自由で楽しく生きている人が

存在するのかと僕はある種の衝撃を覚えていた。

 

ボーっと外の景色を見ながら開いている窓の方に

顔を向け新鮮な空氣で呼吸していた。

 

きっと人は皆んなその外見からは決して

想像できない物語を抱えている。

会話をしないと

相手のことなど全然分からない。

なぜ農場に滞在していた時に自分はもっと

積極的に会話をしていなかったのか悔やんだ。

 

僕はいかに自分だけに集中して、

自分だけを見ていたことだろう。

 

それなのに暖かく迎え入れてくれて

滞在中もお世話になりっぱなしだった。。

 

間を置いてジャニスは

続けて優しく語りかけてきた。

 

「箱の中と箱の外と言う考え方があるのね。

箱の中というのは世間で言われている常識の世界。

学校に通って、会社に務めて、家族を作って、

ローンで車とか家を買って、、みたいな

凄く一般的な人生というか。

そういう当たり前とか、良い人生とか、

言われているものよ。

 

一方、箱の外というのはその常識とか社会とか、

これまでの当たり前の世界からは

飛び出した違う世界のこと。。

 

私はね、箱の外の世界の存在に氣付くこと、

そして外に出ていくことには

凄く価値があることだと思うの。

 

そこには本当にワクワクする

冒険や自由や素敵な出会い、

そして違う形の人生と幸せが待ってるからよ。

 

もちろんそこには責任もリスクも付いて来るわ。

でも私は箱の外で生きることを

いつの日からか選んでいた。

そして本当にそれで良かったと思っている。。。

 

きっと、

あなたは今箱の外に一歩出た所だと思うの。

仕事を辞めて海外を旅している。

箱の外に一歩踏み出すことって本当に勇気が

要ることだから凄いことなのよ本当に!

 

ただ、これから一番難しくなってくるのは

そこに居続けることなの。

なぜかと言うと、

私達は元々箱の中で生まれ育ってきたから。

 

外の世界に魅力を感じて出ていって

楽しく過ごすのだけれど、

しばらくすると外に居ることに

疲れてくる時が来るの。

 

そして段々と外に居続けるのは違うと思って

箱の中の世界が恋しくなる時が来るの。

 

これまでも何人も中に

帰っていく人達を見てきたわ。

でもね、

帰っていくことは決して悪いことじゃあないの。

そこにはまた違う形の人生と

幸せがそこには待っているだけなの。」

 

 

フェリーが来る時間が近くなったのか

路肩にいた人々がポツポツと

自分の車に戻って行く。

 

ジャニスはまだ車のエンジンを掛けないで、

僕に静かに語り掛け続けてくれていた。

 

「箱の外が好きならそのまま居れば良いし、

箱の中に戻りたくなったらいつ戻っても良い。

全然、迷っても良いの。悩んでも良いの。

私だってこの歳でもたまに迷う時があるわ。

ただその人の人生は

その人が思うままに生きれば良いのよ。

 

正解も間違いも無いの。

誰からも強制されることも、

誰かを強制することも無くね。。

ただいつも前向きでいるように意識なさいね。

 

これからあなたは、

アラスカまで長い旅に出るのよね。

その旅の道中でも、着いた場所でも、

そしてまたいつかあなたの国に帰った後でも

色々な出会いが待っていると思うわ。

楽しみね!

 

もしここに帰って来たかったら

いつでも帰って来なさい。

帰ってくる場所はあるからね。

氣をつけて行ってきなさい。」

 

 

僕はこのフェリーを待つ時間が

あったことはまるで計画されていた

かのようにさえ感じていた。

 

きっとどんな出会いも、どんなことも、

どんな時も、その瞬間には分らからなくても

全て必要なことなのかもしれない。

 

これからは

出会える人達と会話を大切にしていこう。

せっかくこの広い世界で

この限られた人生で出会える人々なのだから。

 

そして、

僕はもうしばらくは箱の外で

生きることになるだろう。

 

しかし本当の所、

箱の中と外

どちらが僕にとって合っているのだろうか。

 

 

 

考え事をしているとついに

フェリーが到着した。

 

 

 

 

ジャニスが再び

 

車のエンジンをゆっくりと

 

動かし始めた。

 

 

その後のアラスカでの話