日本最大スラム街の西成あいりん地区にアートの光を届ける | Kota | Oneness Artist

日本最大スラム街の西成あいりん地区にアートの光を届ける

大阪 西成・あいりん・釜ヶ崎

 

2023年2月11日。大阪では関西国際芸術祭という国際的なアートのイベントが開幕していた期間。私は日本最大のスラムとも言われる大阪の西成・釜ヶ崎。通称あいりん地区にて私自身のアートプロジェクト「Where The Light Is(光のある場所)」を敢行いたしました。

 

過去のWhere The Light Isのプロジェクトはこちらから

・バンコクでデジタル+ストリート+アート / Where The Light Is

・絵はあの世との出入り口? / パーイでデジタル+ストリート+アート

・温泉+アート/草津温泉の湯畑でデジタル+ストリートアート

閉鎖された「あいりん労働福祉センター」にて

日本最大のスラム街

 

ここ西成・あいりん地区は日本最大のスラム街とも言われる場所です。沢山のゴミとテントが並び、アンモニア系の異臭が漂っていました。また、異常に安い居酒屋やスーパー、敷金礼金不要・日払い可能のドヤ宿などが連なっており、多くのホームレス、刑務所帰りの人、社会に馴染めない人達などが自然と漂流するように集まります。

 

その多くが日雇い労働者としてこの土地、西成・あいりん地区で生計を立てて来ました。その光景は海外のスラム街のようでもあり、同時にどこか昭和的な哀愁のような懐かしさのような温かさを秘めていました。

暗闇に照らし出されるアート作品

時を遡るとこの地はいわゆる部落でした。(えた・ひにんと呼ばれ、人として扱われず迫害された人々コミュニティ。日本各地に存在する。例として在日朝鮮系の方々、アイヌ民族の方々などが対象でした。)そして、時が流れ、大東亜洋戦争(第2次世界大戦)の戦後復興の為に多くの労働が必要の中でこの地域は労働者の街として発展しました。そこには多くの若者が日本各地から集まりました。そのほとんどは日雇い労働であり、肉体的にも精神的にも過酷な労働環境にあったそうです。

そんな環境の為か、薬物、主に覚醒剤が横行しました。日本で最も簡単に薬物が入る場所としても有名になり、ドラッグ中毒者が後を絶ちませんでした。ドラッグだけでなく、アルコール中毒者、また博打、売春、喧嘩、暴動などの景色は日常風景だったそうです。(現在も一部は続いている)

この地域では今でも有名な遊郭が存在し、数多くの居酒屋、飲食店が軒を連なっています。日雇い労働をして1日の終わりに受け取る給与はその日中に使い切ってしまう人が多くいました。貯金という概念がありませんでした。それでも仕事は次から次とあった為に当時はそれで成り立っていました。まさにその日暮らしの男達の街でした。

1970年には「あいりん労働福祉センター」という大きな建物が建設されました。ここは日雇い労働者を募る場所であり、家が無い人の為のシェルターでもあり、病院も兼ね備えていたので、まさに街の心臓部でした。(今回、アートプロジェクトであるWhere The Light Isを敢行した建物でもあります。)

前述した通り、ホームレス、刑務所帰りの人、社会に馴染めない人達などが漂流する街として最後に流れ着く場所として、あいりん労働福祉センターを中心にこの街は形成されていきました。そういった光景はストレートに表現すれば「柄の悪い・怖い場所」でした。しかし、その反面、どんな人でも誰でも受け入れてくれる懐の広さが同時に存在していたという事実もあります。

そんな街の独特な「色」の為、

・お互いの過去は詮索しない。

・お互い困ってたら助け合う。

など独特で目に見えないルールがあり、現在もそれは続いています。

 

しかし、2019年、耐震性の理由から「あいりん労働福祉センター」は閉鎖に追いやられてしまいました。(2025年以降に建て替え予定)

多くの労働者が困り行き場を失いました。シェルターとして活用していた人々の多くは戦後を支えた日雇いの肉体労働者達であり、もう老いて思うように働けません。現在の彼らは、公園やあいりん労働センター前の路上でホームレスの生活になったり、生活保護を受給しながら格安で住めるドヤに住んだりしています。

老化、飢え、栄養失調、寒さ、衛生環境など過酷な環境で生きていく者、そして人知れず死んでいく者。色々な歴史と闇とが濃縮したような様々な社会問題がそこにありました。それと同時に、お互いを助け合う人情味のある優しい方々が多くいることも事実です。

実際にそのような光景を滞在中に目の前にして感動するものがありました。また、若者で旅人である私に対しても現地の方々は優しく接してくれました。氣さくに喋り合い、笑い合い、助け合う。古き良き昭和の温かさのようなものを感じ、「この土地は時が止まっている」そんなようにも感じました。

今回のアートプロジェクトの解説

大阪の西成・あいりん地区。部落から始まり、戦後は肉体・日雇い労働者の街になったが、現在では日本最大のスラムとなっている。そんな街の心臓部であった巨大建築の「あいりん労働福祉センター」は1970年〜2019年に活躍し、現在は閉鎖されている。

取り壊しも決定しているこの建物で光を媒体としたアート活動をすること。その行為は、人種、人権、貧富の差、ドラッグ、労働環境、社会保障など社会の問題に対して光を当てる行為となると考えています。今のような時代だからこそ、闇にこそ、蓋をせず、光を当てていくことが今後のより良い社会構築へと繋がると考えています。

そして、アートだからこそ、自由に表現が出来る。ポップに社会問題を照射できる。言語の壁を越えられる。これは、2000年代初期から世界的に活躍しているストリートアーティストのバンクシーの政治的・社会的テーマのアート活動の文脈をなぞったアート活動でもあると考えています。

アートプロジェクトを終えての感想

今回のアート活動を通して、私はこの土地に3日間程滞在をしました。この地のことを学び、人々と会話し、共に食事をし、時間を共有し、感じられたこと。そしてアート活動が出来たことは大切な思い出であり、大きな財産です。

寒空の下、路上で寝泊まりしている人を見ると心が大変苦しく、無意識に眉に力が入ってしまう自分もいました。また、乱闘のような騒ぎや、白昼堂々の泥棒市、ドラッグを売買してる現場も見かけ、日本のオールドメディアが映すことのない社会の問題というものを自分の目ではっきりと見ることができました。

1人の人間が出来る事は少ないかも知れない。でもこうしてアートとインターネットを合わせて情報を発信し、全国へ、世界へ届けていくこと。それが今の自分が社会に出来ることであり、使命でもあるとも感じました。

 

Where The Light Is

光のある場所。

 

まさにこういった場所でこそ、その光はより輝きを増すと感じました。西成・あいりん地区の皆様、ご協力いただきありがとうございました。皆様の平和と幸せを心より祈っております。また、いつか滞在させてください。

やっさんと彼の所有作品「ヤスヒロ」と共に。

追伸

今回のプロジェクトは大阪在住の友達であり

僕の作品の所有者(購入者)様でもある通称やっさんに協力いただきました。

 

現地での案内、及び撮影など

多岐に渡り協力いただきました。

やっさん、本当にありがとう!

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